電脳空間で権利を貪れるか

実はベースの言っていることはあながち間違いでもなく、横顔には定評のあるドラムの輝昇(きしょう)だよ。

メンバーが好きなことを書き連ねてきた、この近況報告会。

俺も好きなこと書こうと思う。


最近、家にいる時間が増えて思うことがある。

「権利」を買うってどうなんだろうか。


ストリーミングサービスの台頭によって人間の所有に対する欲求が減って、消費社会の在り方が根本的に変わっている。

たしかに、CDやDVDなどの円盤は減り、本なんかも電子書籍として定期購読できる時代になって、大量消費社会からの転換点になっているのは望ましいことなのかもしれない。


ただ、この聴く「権利」、観る「権利」、何かをする「権利」を買うという感覚に未だに疑問符がついてしまう。


たとえば、日本中でネット回線がパンクして丸一日ネットが使えなくなったとしよう。

(そんなこと起こるのは考え難いので、通信制限とかWi-Fiの不調とか、まあなんでもいい)

すると、我々のストリーミングサービスで音楽を聴く「権利」も、映画を観る「権利」も失われてしまう。

ストリーミングサービス頼りの生活をしてきていた人には耐えがたい損失であるだろう。


CDやDVDを持っていればそんなことは起こらない。棚からサッと取り出して再生すればいいだけの話だ。

どちらがいいという話でもない。実際、俺もApple Music, Netflixを利用しているし、暇さえあれば音楽も聴くし映画も観る。

ただ、自分が好きな時に好きなだけ「モノ」を享受できる権利を所有していたいという欲を、ストリーミングサービスに丸投げしてしまっていいものだろうか、という疑問が心のどこかでいつも主張を続けている。


インターネット。

この一文字が生活から失われることを想像しながら生きてみると、自分が本当に必要としているものは手にもって傍に置いておきたいという想いが自然と湧き上がってくる。


そんなことを思いながら、親が持っているLPをどうにかして聴こうと、レコードプレーヤーの購入を検討する今日この頃である。

追記:
これは母親の実家に何十枚とあるうちの5枚。
左から、
①ポリスの"Synchronicity"
②ポール・マッカートニーの"Tug of War"
③ディープ・パープルのコンピアルバム
④EWFの"Raise!"
⑤ビートルズ の青盤

どうせ家にいるなら買っちゃおうかしら、レコードプレーヤー。

おしまい

qlaria OFFICIAL WEBSITE

qlaria をもっと皆さんのそばへ。 We, qlaria live with your emotional music life.

0コメント

  • 1000 / 1000